スタジオジブリが贈る、ロマンあふれる空の物語『紅の豚』。
1920年代のアドリア海を舞台に、豚の姿になった元エースパイロット、ポルコ・ロッソの活躍を描いたこの作品は、多くのファンを魅了し続けています。
魅力的なストーリーはもちろん、登場人物たちの個性豊かなキャラクター造形も人気の理由です。
この記事では、『紅の豚』を彩る主要な登場人物たちと、彼らに命を吹き込んだ豪華声優陣について、詳しく解説していきます。
キャラクターの背景や性格、そして声優たちの見事な演技がどのように作品の世界観を作り上げているのか、一緒に見ていきましょう。
『紅の豚』の主要キャラクターと声優

『紅の豚』の物語は、個性あふれるキャラクターたちによって動かされています。ここでは、物語の中心となる主要な登場人物と、その声を担当した声優について詳しく見ていきましょう。
ポルコ・ロッソ|声優:森山周一郎
主人公ポルコ・ロッソは、かつてイタリア空軍のエースパイロット「マルコ・パゴット」として名を馳せた男です。
第一次世界大戦を経験し、人間であることに嫌気がさした彼は、自らに魔法をかけて豚の姿となりました。
アドリア海を根城に、飛行艇を駆って空賊(空の海賊)退治を請け負う賞金稼ぎとして生計を立てています。
「飛ばねぇ豚はただの豚だ」という彼のセリフは、あまりにも有名です。
この複雑で魅力的な主人公の声を担当したのは、俳優であり声優としても長年活躍された森山周一郎さん(1934-2021)です。
洋画の吹き替えでは、ジャン・ギャバンやチャールズ・ブロンソン、『刑事コジャック』のテリー・サバラスなど、数々の渋い俳優の声を担当し、その深みのある声で多くのファンを魅了しました。
映画やドラマでは、特に悪役として強い印象を残しています。
森山さんの声は、ポルコが抱える戦争への幻滅や皮肉屋な一面、その奥に隠された誇りや優しさを見事に表現しています。
彼の演技があったからこそ、豚の姿というファンタジックな設定にもかかわらず、ポルコというキャラクターにリアリティと人間的な深みが与えられました。
宮崎駿監督は、ポルコの持つシニカルな雰囲気と、内に秘めたロマンチシズムを表現できる声を求めていたと考えられます。
森山さんの持つハードボイルドなイメージと、経験に裏打ちされた声の響きは、まさにポルコ役にぴったりでした。
2021年に森山さんが亡くなられたことは、多くのファンに衝撃を与えましたが、彼の声はポルコ・ロッソというキャラクターと共に、永遠に生き続けるでしょう。
マダム・ジーナ|声優:加藤登紀子
物語のヒロインの一人、マダム・ジーナは、アドリア海に浮かぶ「ホテル・アドリアーノ」を経営する美しい女性です。
彼女は歌手でもあり、ホテルを訪れる飛行艇乗りたちの憧れの的となっています。
ポルコとは古い友人で、彼のことを本名の「マルコ」で呼ぶ数少ない人物の一人です。
戦争で夫を亡くした経験を持ち、気品と強さ、そしてどこか哀愁を漂わせています。
ジーナの声を演じたのは、日本を代表するシンガーソングライターであり、女優としても活躍する加藤登紀子さんです。
加藤さんは声の演技だけでなく、劇中でジーナが歌うシャンソン『さくらんぼの実る頃』も披露しています。
加えて、映画のエンディングテーマとして広く知られる名曲『時には昔の話を』の作詞・作曲・歌唱も担当しており、音楽面でも作品に大きく貢献しました。
加藤さんの持つ、落ち着いた気品のある声質は、ジーナの持つエレガントな雰囲気と内面の強さを完璧に表現しています。
彼女自身の美しい歌声が劇中で流れることで、ジーナというキャラクターに圧倒的な説得力が生まれています。
歌手である加藤さんを、作中で歌う役柄に起用したことは、リアリティを高める素晴らしい選択でした。
話し声と歌声が同じ人物から発せられることで、キャラクターの一貫性が保たれ、観客はより深くジーナの世界に引き込まれます。
『時には昔の話を』は、映画全体のノスタルジックな雰囲気を象徴する曲となり、加藤さんの存在は、声優という枠を超えて作品全体の芸術性を高めています。
フィオ・ピッコロ|声優:岡村明美
もう一人のヒロイン、フィオ・ピッコロは、ミラノにある飛行艇製造会社「ピッコロ社」の経営者の孫娘です。
17歳という若さながら、飛行艇設計の才能に溢れています。
ポルコの壊れた飛行艇を修理するために、ピッコロ社から派遣されてきます。
快活で頭が良く、物怖じしない性格で、最初はフィオを子ども扱いしていたポルコにも対等に接し、次第に信頼関係を築いていきます。
フィオの声を担当したのは、声優の岡村明美さんです。
驚くべきことに、この『紅の豚』のフィオ役が、岡村さんにとっての声優デビュー作でした。
岡村さんの瑞々しく、エネルギーに満ちた声は、フィオの若々しさ、知性、そして前向きな性格を見事に体現しています。
彼女の声は、戦争の影を引きずるポルコとは対照的に、物語に明るさと未来への希望をもたらしています。
スタジオジブリが、これほど重要な役に全くの新人を抜擢したことは当時、大きな注目を集めました。
しかし、岡村さんの素晴らしい演技は、その選択が正しかったことを証明しました。
フィオ役での鮮烈なデビューを飾った岡村さんは、その後、国民的人気アニメ『ONE PIECE』のナミ役をはじめ、数多くの作品で活躍する人気声優となりました。
『紅の豚』は、岡村さんの輝かしいキャリアの原点となった作品といえます。
ジブリが未知の才能を見出し、大きな飛躍のきっかけを与える力を持っていることを示す好例です。
ドナルド・カーチス|声優:大塚明夫
ミスター・ドナルド・カーチスは、アメリカ出身の飛行艇乗りです。
空賊連合がポルコに対抗するために雇った凄腕パイロットで、自信家で野心にあふれています。
将来はハリウッドスターになることを夢見ており、ジーナやフィオにも積極的にアプローチします。
ポルコにとっては、空の戦いにおいても、恋においても、最大のライバルとなる存在です。
カーチスの声を演じたのは、日本を代表する声優の一人、大塚明夫さんです。
アニメやゲーム(『メタルギアソリッド』シリーズのスネーク役など)、洋画の吹き替えと、非常に幅広い分野で活躍されています。
その力強く深みのある声は、多くのファンに知られています。
スタジオジブリ作品では、『ハウルの動く城』の国王役や『魔女の宅急便』の飛行船の船長役なども務めています。
大塚さんは、カーチスの自信満々な態度、時にコミカルに見えるほどの傲慢さ、そしてパイロットとしての確かな実力を見事に表現しました。
彼の演技によって、カーチスは単なる悪役ではなく、ポルコに匹敵するほどの存在感を放つ、魅力的なライバルキャラクターとして確立されました。
興味深いことに、カーチス役のオーディションでは、最終的に大塚明夫さんと、同じく著名な声優である山寺宏一さんが候補に残っていたといいます。
経験豊富なプロの声優である大塚さんの起用は、ポルコ役の森山さんとの間に、物語に必要な緊張感と好対照な魅力を生み出す上で、的確な判断だったといえるでしょう。
『紅の豚』の物語を豊かにする脇役たち

『紅の豚』の魅力は、主役たちだけではありません。物語を彩る個性豊かな脇役たちと、その声を担当した声優陣も忘れてはなりません。
ピッコロおやじ|声優:桂三枝(現・六代目桂文枝)
ピッコロおやじは、フィオの祖父であり、ミラノで飛行艇製造会社「ピッコロ社」を経営しています。
ポルコとは古くからの知り合いで、彼の飛行艇の修理を引き受けます。
陽気で人情味あふれる人物です。
このピッコロおやじの声を担当したのは、上方落語界の重鎮であり、テレビ番組『新婚さんいらっしゃい!』の司会者としても長年親しまれている、桂三枝さん(現在は六代目桂文枝)です。
キャスティングには面白いエピソードがあります。
当時、桂三枝さんが森山周一郎さんに「声優の仕事をしてみたい」と話したところ、森山さんが宮崎監督に推薦。
その結果、出演が決まっただけでなく、宮崎監督は桂三枝さんの個性を活かすために、ピッコロおやじの出番やセリフを大幅に増やしたといいます。
桂三枝さんならではの軽妙な語り口と温かい声は、ピッコロおやじというキャラクターにユーモアと親しみやすさをもたらしました。
特に、男手が出稼ぎで不足する中、女性たちが活気よく働くピッコロ社の工場の場面では、彼の存在が物語に明るい雰囲気を与えています。
マンマユート・ボス|声優:上條恒彦
マンマユート・ボスは、空賊団「マンマユート団」のリーダーです。
「マンマユート」とはイタリア語で「ママ、助けて」という意味で、その名の通り、どこか憎めない、間抜けな一面も持つ空賊たちを率いています。
威勢は良いものの、どこか抜けていて、人間味あふれるキャラクターです。
このボスの声を演じたのは、歌手であり、俳優(ドラマ『3年B組金八先生』シリーズなど)、そして声優としても活躍する上條恒彦さんです。
上條さんは、スタジオジブリ作品には他にも『もののけ姫』のゴンザ役や、『千と千尋の神隠し』の父役(千尋の父親)として出演しており、ジブリファンにとっては馴染み深い声かもしれません。
上條さんは、マンマユート・ボスの持つ、見かけの威圧感と内面のコミカルさを見事に両立させました。
彼の演技は、本作における空賊たちの、どこかユーモラスな存在感を際立たせています。
複数のジブリ作品への出演は、スタジオが上條さんの演技力と、作品の世界観に合う声質を高く評価している証といえるでしょう。
その他の印象的なキャラクターと声優
『紅の豚』には、他にも魅力的な脇役たちが登場します。
- フェラーリン|声優|稲垣雅之 ポルコのイタリア空軍時代の戦友で、現在は空軍少佐。ポルコの身を案じ、忠告を与える友人です。ジーナと共に、ポルコを「マルコ」と呼びます。声を担当したのは稲垣雅之さんです。
- バアちゃん|声優|関弘子 ピッコロ社で働く女性たちのまとめ役。フィオの才能を認め、彼女を支える力強い存在です。声を担当したのは関弘子さんです。
『紅の豚』声優キャスト一覧

ここで、『紅の豚』の主要な登場人物と日本語版の声優を一覧表で確認しましょう。これまでの解説を振り返りながら、どの声優がどのキャラクターに命を吹き込んだのかを整理できます。
キャラクター | 日本語声優 | |
ポルコ・ロッソ | 森山周一郎 | ベテラン俳優・声優(故人) |
マダム・ジーナ | 加藤登紀子 | 歌手・女優、主題歌・挿入歌担当 |
フィオ・ピッコロ | 岡村明美 | デビュー作、人気声優 |
ミスター・カーチス | 大塚明夫 | 人気声優、ジブリ作品複数出演 |
ピッコロおやじ | 桂三枝 | 落語家(現・六代目桂文枝) |
マンマユート・ボス | 上條恒彦 | 俳優・歌手、ジブリ作品複数出演 |
フェラーリン | 稲垣雅之 | 声優 |
バアちゃん | 関弘子 | 声優 |
まとめ

『紅の豚』が時代を超えて愛される傑作である理由の一つに、登場人物たちに命を吹き込んだ声優陣の素晴らしい演技があることは間違いありません。
森山周一郎さんのポルコ、加藤登紀子さんのジーナ、岡村明美さんのフィオ、大塚明夫さんのカーチス、そして桂三枝さんや上條恒彦さんをはじめとする脇を固める声優たち。
それぞれの個性が光る声の演技が、見事に調和し、時にはぶつかり合いながら、『紅の豚』という作品の世界観を豊かに、そして深くしています。
彼らの声は、美しい映像と共に、私たちの記憶に残り続け、作品を観返すたびに新たな感動を与えてくれます。
『紅の豚』を観る際には、ぜひキャラクターたちの声にも耳を澄ませてみてください。
きっと、その声の持つ力と魅力に、改めて気づかされるはずです。